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2012年 05月 15日
コトバをもらうということ。
"見切ったモノをもう一度必要と思うときっていつだ?" "…世界の終わり。" "だからみんなドラマを見るんじゃないのか?そんな理想を求めて。" わたしはいつもコトバをもらう。 多分、先に進むために。 感情的なコトバやロマンチックなコトバはわたしの心を痛めるだけで、なんのロマンもない確率から算出されるようなコトバはわたしの目を覚ます。 わたしはやっぱり頭のいいヒトと話すのが好きだ 。 幻想を抱かず、現実に気付いて、次に進まないといけない。 綺麗な想いでも、思い返したい過去もいらない。綺麗な別れなんてない。わたしはそう思った。 これは綺麗な最後なんかでなく、其れなりに裏のある、持っていても仕方のない過去だ。明日のゴミと一緒に捨ててしまおう。向こうだってきっとせいせいしているだろう。わたしは今と未来しか要らない。 2012年 05月 10日
"とりあえず、今はないよ。"
そういう友人のコトバが数年後、結局二度とないよに変わってしまうかもしれない。最初の頃から、ずっと一緒に居るのか、急に居なくなってしまうのか、どちらかな気がしていた。でも今は逆に、また逢える気がする。 だけどそれはもしかして、ただの強い望みなのかもしれない。 最近、 勘と潜在的な望みとの区別がつかなくなった。 そういえば、イタリア生活継続がもう不可能だとわかった時、認めたくなかったし、戻ってからも暫くもう一度戻りたいと本気で思った。だけどそれが、次第に無理だと悟って、今では良かったと思ってる。 私たちのコトもそういう展開かもしれない。 それを受け入れるには、まだまだ時間がいるね。 でも、人生で叶うはずの三つ目の願いも、人生で絶対に手に入らないモノもまだ何かは決まって居ないんだ。 2012年 05月 07日
去年のゴールデンウィークの写真を見返して、
思わず愛に気付いてしまった。 写真に写る君の、わたしに向ける優しい目。 わたしはその目に、みるみる心を開いたのを思い出す。 だけど、君の目は後半、何とも言えない目になっていく。 困ったようで、辛そうな、険しい目に。 わたしはその目に萎縮して、そこから気持ちの温度差や、愛の足りなさや、迷いを感じ取って、 みるみる悪循環に陥ってしまった。 ”君が愛してくれてない。” ことばにこそ出さなかったけれど、わたしの目はきっと攻めてたてる目をしていたんだろう。 最初の頃の君の目を見返して、気付いた。 わたしは君の険しい目に責められている様な気がしていたけれど、 わたしのことで本当に悩んで悩んで止まなかったんだろう。 ”これ以上一緒にいたら、桃ちゃんの時間の無駄になってしまう。” そう言っていたけれど、 君の楽しい筈の、大切な時間の多くを費やしててしまったのは、 わたしも同じことだった。 ごめんね。 自分勝手な愛し方でした。 それは中場、愛でなく身勝手な押しつけだった。 それから、告げられた別れを、受け入れるということ。 それが君に最後に与られるほんとの愛だって。 最後に気付いた。 もっとちゃんと君を思いやっていれば、もっと早く気付けていた筈。 結婚だとかなんだとか、それで結局見えなくなってしまった。 人のコトバや、世間のコトバに振り回されることなく、もっと信じれば良かった。 それは仕方のないことだけど。 出来ればやり直したいけど、 巻き戻したいけど、 それはもう、過去のお話。 そう思うのが、妥当だよね。 ちゃんと愛していてくれていたね。 こうなって解るって、こう言うことなんだね。 それは悲しいことだけど、 これからもすっと、愛しているよ。 2012年 04月 03日
好きな訳ではないけど、
興味はある。 それは多分、昼間のランデブーってヤツに。 誘われたランチを、きっぱりとことわれない自分がいる。 テキーラ代は高くつきそうだ。 2012年 03月 05日
コーヒーを溢れさせたのがイケなかった。
”最近、コーヒー飲みに来ませんね。” ボテンの所為で目をつぶったらキスされて、そのまま眠ってるフリをした。 わたしは何も知りません。 だけどちょっと、これから横目で階段を下りるハメになる。 モテるって、辛いぞ。 ※石を投げないで下さい!! 2011年 12月 12日
昨日のフィギュアスケート鑑賞から、
今日にかけて落ち込んでいて、 にーさん方の無茶ぶりにちょっと涙目で居た。 大分息切れをして、もうダメかもなんて思ってみたり。 だけどそんなマイナス妄想も、モーニングコール要請にあっけなくかき消され、 自分すげーバカらしいと、改めて思った。 わたしはどうも根クラらしい。 2011年 10月 25日
よくある、『執着しない。』
ってヤツを、もう導入するコトにして、 また、久しぶりに、初めの頃の様な電話が来たわけで、 ああ、こう言う方がいい、 そう思った。 日課の様な電話でなくて、ふと、思い立った様にくる電話が。 そのまま、眠ってしまう様な電話が。 頻度だったり、なんだったり、世間ではどーこー言われるかも知れないけれど、 わたしたちの頻度と、キョリと、時間っていうのは、ふたりだけのなかでできあがっていくもの。 たとえそれが、ごく一般的な恋人どうしものとはかけ離れてたとしても。 これから先、別れることがあるにしても、ないにしても、 わたしたちは、わたしたちでしかないんだな、と。 それは仕方のないことなんだ。 と、まあ、そんなこと書いてる場合ではなく、明日は面接なのだ。 2011年 10月 11日
まさかの実家暮らしに逆戻り、な異動にちょと動揺する今日夜八時半。
そう来たか・・・! ”フェードアウトも、デートの回数も減らさないからね!!” ”高校生のデートみたい!公園でデートしよう!” 必死にこれからの新鮮なシチュエーションを装う。 ”心は離れませんか?!” 冗談まじりに、真意を問う。 ”大丈夫大丈夫!” こんな口先だけのやり取りに、意味がないのは解ってる。 気安めだけでも、続ける意思を確認する。 つかの間のホッ。 そしてもう、どう転ぶか解らない。 ホットロードが頭を過り、 方や木綿のハンカチーフの歌詞が過る。 だけど、向こうは別れを選ばなかった。 今はそれしかない。 だけど、これで余計、うっかり近いと思っていた結婚の2文字が、 遥か向こうに転がった気がした。 新しい支店で、カワイイ子に出逢わないことを、 木綿のハンカチーフにならないよう、祈る。 だけど誰に? どーなる、わたしたち。 別れの兆し、新しい兆し? どうしてそこまで阻むのか。 キチですか、キョウですか? 赤い糸が繋がってない証拠ですか? でも、別れない。 やっぱり好きで、 一緒にいたい。 木綿のハンカチーフ、下さい。 追伸、 昔見たいにコトバを選ぶ余裕もなくって、ふつーの報告日記に成りつつ有るのが気がかりDeath! 2011年 10月 11日
まさかの実家暮らしに逆戻りな移動にちょと動揺する今日夜八時半。
そう来たか・・・! ”フェードアウトも、デートの回数も減らさないからね!!” ”高校生のデートみたい!公園でデートしよう!” 必死にこれからの新鮮なシチュエーションを装う。 どう転ぶか解らない。 ホットロードが頭を過り、 方や木綿のハンカチーフの歌詞が過る。 だけど、向こうは別れを選ばなかった。 今はそれしかない。 だけど、これで余計、うっかり近いと思っていた結婚の2文字が、 遠くに転がり墜ちた気がした。 新しい支店で、カワイイ子に出逢わないことを、 木綿のハンカチーフにならないよう、祈る。 だけど誰に? どーなる、わたしたち。 別れの兆し?新しい兆し? キチですか、キョウですか? こんなに道が阻まれるのは、赤い糸が、繋がってない証拠でしょうか? だけど、 やっぱり好きで、離れたくないんだ。 2011年 10月 01日
昨日は、久しぶりの面接。
なんていうか、弟が言ってくれた一言で、随分気が楽になった転職活動。 逆にいい気分転換に成って、ちょっと気分が良くなった。 勢いづいて、友の待つ二丁目に繰り出し、 ゲイの友達が辛辣で客観的なアドバイスをくれた。 大分目が覚める。 それから、ものスゴいタイミングで、二丁目まで幼なじみが会いに来てくれて、 色々話を聞いてくれた。 流星のごとく。 それから暗いわたしと嫌な顔セズランチしてくれる友。 持つべきものは家族と友でしょうか。 最悪すぎることが続くと、ふっと急に軽くなるんだよね。 このまま会社に受かってテニスも初めてそのまま忘れちゃい所です。 何れにせよ、結果はまだ、みたいです。 2011年 09月 30日
恋人からメールが来ずに、
見ず知らずの得体の知れない輩から、唐突にメールが来たりして 荒涼とする。 昔ほどではないけれど、こう言った類いの落ち込みは、止め処ない。 早く9月が終わればいい。 そうして、君の気分も変わればいい。 たとえゆるい幸せでも、だらっと続けばそれでいい。 2011年 09月 10日
![]() 家で湿気た柿の種を発見したので、今日のゴミで捨てようと思って思わず踏み止まった。 これがそんなパッケージング。 今日は課長のおごりです。 本当それだけなんだけど、チョット心にしみたんですね。 2011年 08月 30日
この間、iphoneのアプリでだめんず診断なるものをダウンロードした。
いくつか出される質問のうちに、 ”自分は運がいい方だと思う? Yes or No” そんな質問事項があった。 彼はちょっと迷って、 ” No”を選んだ。 ”え〜、そうなんだー!なんで〜?” わたしだったらきっと、”Yes ”を選ぶから。 だけど、ちょっとそれが引っ掛かって、 家に帰って考えた。 ””東京はチェルノブイリ第三区域並みの汚染状況。”” そんなことをちらほら聞く近頃。 わたしは今の今まで一度も、運が悪い、なんて思ったことがなかった。 周りを取り巻く環境も、入った学校も、選んだ物も、ヒトも、 外国に行ったタイミングも、帰って来たタイミングも、 東京に住んでるってことも、今の生活も。 だけど、これから数十年後、 もしかしてそれが大逆転してしまうのかなって、思った。 ひさしびりに泣けた。 ”自分は運がいい方だと思う? Yes or No” http://www.youtube.com/watch?NR=1&v=4gFxKiOGSDk 2011年 06月 10日
最近、猫が恋し過ぎていっそ鼠でもいいやと、ペットショップに立ち寄った。
そこで、目にした値札に胸が詰まった。 ”1,480円” 1,480円で売られている命は、わたしにはとてつもなく重かった。 神戸屋のランチよりも安い命は、 ![]() 2011年 05月 19日
毎日、いつかのコトバが
無効になってしまいはしないかと、 落ちつく隙はなく 今日はいそいそと自転車の旅に出るのでした。 2011年 03月 16日
続けざまにくる余震のように
私たちのrendez-vousも続けざまに予定されて まるで世界の終わりが近くまで来ている様に思ってしまう。 どうしてわたしたちはこんなにも逢おうとするのか、 逢えなくなってしまいそうだからなのか、 ただ逢いたいのか、 これからずっと一緒にいる予兆なのか、 余震が邪魔して解らない。 戦争時代の恋人たちがお互いをどうしようもなく求めるように いままでとは全く違った、 常軌っていうのをちょっと越した今回の恋愛は、天変地異の所為ですか? 2011年 03月 14日
”どうしようもなく心を奪われた者よりも弱く
長くからの友人より強い者が現れる” 曖昧だけど、正にその通りなヒトが現れた。 たまたま何気なく見た、フリーの占いだ。 たまににこういうのって、気持ち悪いくらいに当たる。 この非常事態の中、rendez-vousは延期すること無く決行され、 新宿から東高円寺まで、朝までずっと歩いた。 仕事が手につかなくなってしまうようなヒトではないけれど、 次は一緒にどこに行こうかと、それこそ友達みたいに、 色々どこにでも一緒に行動できそうな、かなり背の高いヒト。 Yesと言った翌日が、いきなり薔薇色になりはしなかったけれど、 これから少しずつ桜とかが芽吹いていくように、いい方向に育っていく様な、 そんなふたりな気がします。
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